死生観

みなさん、こんにちは!

札幌市南区のときわプロケア歯科クリニック・院長の森公寿(きみひさ)です。

Yahoo!JAPAN(PC版)の1コーナーに「みんなのアンテナ」という、巷に流れているちょっと笑えるツイートを紹介するコーナーがあるのです。こんな感じの記事が載っています。

“ドイツの通勤電車の中は面白い。今日は電車の中でずっと電話をしている女性がいたが、とある男性が彼女に「あなたがさっきからずっと大声で電話しているせいで新聞に集中できない。今から大声で記事を読むからどんな気持ちになるか考えなさい!」と言って本当に新聞記事を大声で読みだした。”

とか、

“小3の息子の作文テーマが「ぼくの秘密を教えます」だった。 その内容「ぼくの食べる晩ごはんは、お父さんより高いことが多いです。たまにお父さんが早く帰ってくるとあせります。」  先生のコメント「それはお母さんもあせりますね」  ”

ね、笑えるでしょ。

この前も何気なしにみていると、ちょっと気になるツイートに出会いました。

〝今日、会社の看護師と面談を受けて、生活習慣の見直しを迫られたんだけど、脅し文句が「アナタ、このままだと早死するわよ」じゃないのね。「今の医療は簡単には殺してくれないから、重い病気抱えて辛い苦しい思いをしながら生かされ続けるわよ」だってw。うまい脅し文句を考えたもんだなぁw。”

私はこのツイートをした人に聞いてみたいのです。

その看護師さんの目は笑っていましたか?と。

果たして彼女は冗談でそんなことを言ったのでしょうか? 彼女が口にした言葉は少なくとも「脅し」ではなく、この国の医療の「真実」であると思うのです。

少しでも人生の終末期に携わったことがある人なら、何の意思も意識もない状態で生かされ続けることに疑問を抱くのです。

宗教心のある欧米の人たちは、死後の世界、生まれ変わりなどを意識するため、意思のない状態での延命は望まないそうです。

一方、特定の宗教を持たない多くの日本人にとって、「死」とは「無」であり、「存在」が消えてしまうことに底知れぬ恐怖を感じるのでしょう。なので、なるべく「生きていること」を維持しようとするのでしょう。無理もないことです。

一方で、医療の現場で「生と死」に携わっている人、例えば看護師さんの「死生観」をネットで検索してみると、「生きれる限り生きていたい」と述べている人は皆無で、「病院ではなく自宅で逝きたい」「過剰な延命処置は望まず、苦痛だけを取り除いてほしい」などの意見が多いようです。

最近、脚本家の橋田壽賀子さんが自分が認知症になったときは、安楽死が認められているスイスで逝くことを計画していることが話題になりました。彼女曰く、「自分がもし何の自覚もないまま多くの人に迷惑をかけてしまったら…。こんな恐ろしいことがありますか。親しい人の顔もわからず、生きがいもない状態で生きていたくはない。だからこそ、あえて提言したのです。“私がそうなったら、安らかに殺してください”と」

私は何も「無駄な延命治療はやめましょう」と言っているわけではありません。日本人一人一人が自分の「死生観」をしっかり持つべきだと思っているだけです。なぜなら、それは、今の自分の「生」をもっと大切に扱うことに通ずることであると思うからです。

自分の最後の瞬間を想像することによって、生への愛着が増し、もっと自分の健康について予防的な視点を持つことができるようになれば、生涯元気な人が増えて、国民の医療費も激減すると思うんだけどなぁ。

 

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